[別館]球面倶楽部零八式markIISR

東大入試数学中心。解説なので解答としては不十分。出題年度で並ぶようにしている。大人の解法やうまい解法は極めて主観的に決めている。

2008年(平成20年)山梨大学医学部後期-数学[3]

2022.11.03記

[3] 実数 abcdxyzwt に対して,2次正方行列 A=\begin{pmatrix} a & b \\ c & d \end{pmatrix}P=\begin{pmatrix} x & y \\ z & w \end{pmatrix}Q=\begin{pmatrix} 1 & t \\ t & -1 \end{pmatrix} を考え,E=\begin{pmatrix} 1 & 0 \\ 0 & 1 \end{pmatrix}O=\begin{pmatrix} 0 & 0 \\ 0 & 0 \end{pmatrix} とする.また,PQ=QP が成り立つとする.

(1) y=z であることを示せ.

(2) A^2+P^2=O のとき,a+d を求めよ.

(3) A^2+P^2=O のとき,P=xQ または P=xE となることを示せ.

(4) A^2+P^2=O かつ P逆行列 P^{-1} をもつとき,P^{-1}P の実数倍であることを示せ.

本問のテーマ
クリフォード代数
行列のフロベニウスノルム

2022.11.03記
背景に沿った解答よりも成分計算が速いので,まずは成分計算(実際には行列の型を見抜く)で解いておく.

[解答]
(1) PQ-QP=\begin{pmatrix} t(y-z) & t(x-w)-2y \\ -t(x-w)+2z & -t(y-z) \end{pmatrix}=O
である.ここで t\neq 0 のとき,(1,1) 成分から y=z であり,t=0 のときは
PQ-QP=\begin{pmatrix} 0 & -2y \\ 2z & 0 \end{pmatrix}=O から y=z=0 となるので,いずれにせよ y=z

(2) y=z と (1) により
PQ-QP=\begin{pmatrix} 0 & 2s(x-w)-2y \\ -2s(x-w)+2z & 0 \end{pmatrix}=O
となるので y=z=\dfrac{1}{2}t(x-w) となる.

P=\begin{pmatrix} x & y \\ y & w \end{pmatrix} は対称行列であるから,A^2=-P^2 も対称行列となるので,
A^2=\begin{pmatrix} a^2+bc & b(a+d) \\ c(a+d) & bc+d^2\end{pmatrix}
により,
b(a+d)=c(a+d)
が必要である.

(ii) b\neq c のとき:
a+d=0 である.

(i) b=c のとき:
A^2=\begin{pmatrix} a^2+b^2 & b(a+d) \\ b(a+d) & b^2+d^2\end{pmatrix}P^2=\begin{pmatrix} x^2+y^2 & y(x+w) \\ y(x+w) & y^2+w^2\end{pmatrix}
および A^2+P^2=O(1,1)成分と (2,2) 成分から a=b=d=x=y=w=0 となり,A=P=O となり,これは条件をみたすので a+d=0 である.

よっていずれにせよ a+d=0 である.

(3) a+d=0 であるから
A^2=(bc-ad) E となるので P^2=\begin{pmatrix} x^2+y^2 & y(x+w) \\ y(x+w) & y^2+w^2\end{pmatrix}単位行列の定数倍となる.
よって
x^2=w^2 かつ y(x+w)=0 となる.

よって x+w=0 または 「x=w\neq 0かつy=0」となり,P=xQ または P=xE となる.

(4) P=xE逆行列をもつ必要十分条件x\neq 0 であり,このとき P^{-1}=\dfrac{1}{x}E=\dfrac{1}{x^2}P より P^{-1}P の実数倍である.またP=xQ逆行列をもつ必要十分条件x\neq 0 であり,このとき P^{-1}=\dfrac{1}{x}Q^{-1}=\dfrac{1}{x(1+t^2)}Q=\dfrac{1}{x^2(1+t^2)}P より P^{-1}P の実数倍である.

クリフォード代数

2007年(平成19年)山梨大学医学部後期-数学[2] - [別館]球面倶楽部零八式markIISR

参照のこと.ここで2乗計算の際に,F,G,H の異なる2つの積は相殺されるので
P=pE+qF+rG+sH
に対して
P^2=(p^2-q^2+r^2+s^2)E+2p(qF+rG+sH)
と簡単に求まることに注意しておく.

[大人の解答]
F=\begin{pmatrix} 0 & -1 \\ 1 & 0 \end{pmatrix}G=\begin{pmatrix} 1 & 0 \\ 0 & -1 \end{pmatrix}H=FG=\begin{pmatrix} 0 & 1 \\ 1 & 0 \end{pmatrix} とおく.

(1) P=pE+qF+rG+sH とおくと,Q=G+tH により
PQ-QP=2\{qH-qtG+(s-rt)F\}=O
であるから,q=qt=s-rt=0 となり,q=0 から P=qE+rG+sH となるが,E,G,H は対称行列であるから,P も対称行列となり,y=z(=s)となる.

(2)(3)(4)
A=\alpha E+\beta F+\gamma G+\delta H
とおくと a+d=2\alpha である.

A^2+P^2
=(\alpha^2-\beta^2+\gamma^2+\delta^2+p^2+r^2+s^2)E
+2\alpha\beta F+2(\alpha\gamma+pr)G+2(\alpha\delta+ps)H
=O

から,
\beta^2=\alpha^2+\gamma^2+\delta^2+p^2+r^2+s^2…①,\alpha\beta=0…②,\alpha\gamma+pr=0…③,\alpha\delta+ps=0…④
が成立する.

②に着目して場合分けを行う.

(i) \beta=0 のとき,①から A=P=O だから a+d=0P=0EP^{-1} は存在しない.

(ii) \beta\neq 0 のとき,
\alpha=0 だから a+d=0 で③④からpr=ps=0が成立する.

(a) p=0 のとき,P=rQ であり,(1,1)成分を比較して r=x となる.
P^{-1} が存在するならば x\neq 0 であり,P^{-1}=\dfrac{1}{x^2(1+t^2)}P である.

(b) p\neq 0 のとき,P=pE であり,(1,1)成分を比較して p=x となる.
P^{-1} が存在するならば x\neq 0 であり,P^{-1}=\dfrac{1}{x^2}P である.

2007年(平成19年)山梨大学医学部後期-数学[2] - [別館]球面倶楽部零八式markIISR (4)において,ここで与えられた代数系においては,

積で可換な条件は F,G,H の係数の比が同じである
ことであった.つまり
積で可換な条件は単位行列の部分を除くと互いに定数倍になっている
ことである.クリフォード代数の観点から本問を解いた受験生はいないと思うが,2007年の問題で示したことを2008年の問題で利用するという伏線の回収を行うことができる.

これとケーリーハミルトンの定理,および実対称行列の2乗が半正値対称行列になることを利用すると見通しが良い.

[大人の解答]
F=\begin{pmatrix} 0 & -1 \\ 1 & 0 \end{pmatrix}G=\begin{pmatrix} 1 & 0 \\ 0 & -1 \end{pmatrix}H=FG=\begin{pmatrix} 0 & 1 \\ 1 & 0 \end{pmatrix} とおく.

(1) P=pE+qF+rG+sH とおくと,Q=G+tH により PQ=QPとなる必要十分条件
qF+rG+sHQ=G+tH(\neq O) が互いに定数倍となることであるから
P=pE+rQ と書けることであり,このとき E,Q は対称行列であるから,P も対称行列となり,y=z(=s)となる.

(2) ケーリーハミルトンの定理により
A^2=(\textrm{tr}\,A) A-(\textrm{det}\,A)E
となるが A^2=-P^2 は対称行列であるから (\textrm{tr}\,A) A も対称行列となる.

(i) A が対称行列のとき:
A,P が対称行列であることから,
A^2+P^2 は半正定値対称行列となるので,
A^2+P^2=O から A=P=O となり,\textrm{tr}\,A=a+d=0

(ii) \textrm{tr}\,A=0 のとき:a+d=0

よっていずれにせよ a+d=0 となる.

(3)(4) A^2=-(\textrm{det}\,A)EP^2=2p P-(\textrm{det}\,P)EA^2+P^2=O から
2pP=(\textrm{det}\,P-\textrm{det}\,A)E
が成立する.

(i) p\neq 0 のとき,P単位行列の定数倍となり,(1,1)成分を比較して P=xE となる.
P^{-1} が存在するならば x\neq 0 であり,P^{-1}=\dfrac{1}{x^2(1+t^2)}P である.

(ii) p=0 のとき,P=pE+rQ=rQ より Q の定数倍となり,(1,1)成分を比較して P=xQ となる.
P^{-1} が存在するならば x\neq 0 であり,P^{-1}=\dfrac{1}{x^2}P である.

2008年(平成20年)山梨大学医学部後期-数学[1](2) - [別館]球面倶楽部零八式markIISR の行列の問題は,もちろん回転と折り返しの合成がどうなるかという問題で基本的で背景もくそもない問題ではあるが,
回転行列が
R(\theta)=(\cos\theta)E+(\sin\theta)F
折り返しが
S(\theta)=(\cos\theta)G+(\sin\theta)H=(\cos\theta)G+(\sin\theta)FG=R(\theta)G
となっていることに着目すると代数系の理解を深めることができる.

ちなみに,P=pE+qF+rG+sH に対して成分計算または
P^2=(p^2-q^2+r^2+s^2)E+2p(qF+rG+sH)=2p P-(\textrm{det}P)E
から導かれる

P=pE+qF+rG+sH のとき \textrm{tr}P=2p\textrm{det}P=p^2+q^2-r^2-s^2 である
が成立する.

行列のフロベニウスノルム

行列の各成分の2乗和のルートをフロベニウスノルムという.行列 A=(a_{ij}) のフロベニウスノルムは
||A||_F=\sqrt{\displaystyle\sum_{i,j} a_{ij}^2}=\sqrt{\textrm{tr}(AA^{\top})}=\sqrt{\textrm{tr}(A^{\top}A)}
をみたす非負の値となる.

ここで ||A||_F=0A=O が同値であることに注意すると,上記解法の

A,P が対称行列のとき,A^2+P^2=O から A=P=O を導くには
||A||_F^2+||P||_F^2=\textrm{tr}(AA^{\top})+\textrm{tr}(PP^{\top})=\textrm{tr}(A^2+P^2)=\textrm{tr}(O)=0
から
||A||_F^2=||P||_F^2=0
となり,A=P=O となる,とすれば良い.