[別館]球面倶楽部零八式markIISR

東大入試数学中心。解説なので解答としては不十分。出題年度で並ぶようにしている。大人の解法やうまい解法は極めて主観的に決めている。

1996年(平成8年)東京大学前期-数学(理科)[2]

2020.09.29記

[2] abcd を正の数とする.不等式
 \left\{ \begin{array}{l} s(1−a)−tb\gt 0,\\ −sc+t(1−d)\gt 0\end{array} \right.
を同時にみたす正の数 st があるとき,2 次方程式
x^2−(a+d)x+(ad−bc)=0
-1\lt x\lt 1 の範囲に異なる2 つの実数解をもつことを示せ.

本問のテーマ
Perron-Frobenius の定理
Hawkins-Simon の条件
産業連関分析のレオンチェフ逆行列

2024.01.14記(先に追加する)

[解答]
2 次方程式 f(x)=x^2−(a+d)x+(ad−bc)=0-1\lt x\lt 1 の範囲に異なる2 つの実数解をもつ条件は

(i) 判別式が正,つまり (a+d)^2-4(ad-bc)=(a-d)^2+4bc\gt 0…①
(ii) 軸の位置が -1\lt\dfrac{a+d}{2}\lt 1,つまり -2\lt a+d \lt 2…②
(iii) 端点が正,つまり f(-1)=1-(a+d)+(ad-bc)=(1-a)(1-d)-bc\gt 0…③かつf(1)=1+(a+d)+(ad-bc)\gt 0…④

である.abcd は正だから①は成立する.

s(1-a)\gt tb \gt 0 より 0\lt a\lt 1t(1-d)\gt sc \gt 0 より 0\lt d\lt 1 だから,0\lt a+d\lt 2 となり,②は成立する.

s(1-a)(1-d)\gt tb(1-d) \gt sbc より (1-a)(1-d)\gt bc より③は成立する.

f(1)=f(-1)+2(a+d)\gt 0 +2\cdot 0=0 より④は成立する.

以上から①②③④が成立するので,2 次方程式 f(x)=x^2−(a+d)x+(ad−bc)=0-1\lt x\lt 1 の範囲に異なる2 つの実数解をもつ.


2020.09.25記
Perron-Frobenius の定理.
Hawkins-Simon の条件 - 球面倶楽部 零八式 mark II(2020.11.18追記)

2次行列なので一般論を使わずに解いた方が早い訳だが、、、.

[大人の解答](大人の解答,にはなってない)
A=\begin{pmatrix} a & b \\ c& d \end{pmatrix}を正行列,I=\begin{pmatrix} 1 & 0 \\ 0& 1 \end{pmatrix} とおくと,本問は

 (I-A)\vec{x} が正ベクトルとなるような正ベクトル\vec{x}が存在するとき,A スペクトル半径は1未満であり,2つの固有値は異なる実数であることを示せ.

と書き換えられる. (I-A)\vec{x} が正ベクトルとなるような正ベクトル\vec{x}が存在するとき,A スペクトル半径は1未満である,という定理があり,Perron-Frobenius の定理により,A の絶対値が最大の固有値は正の実数であり代数的重複度は1であることが言えるので、2次行列の場合、もう1つの固有値は最大固有値とは異なる実数である.

一般論の証明は,n次行列に通ずる話なので,牛刀すぎるし答案としては零点である.

まず,A のスペクトル半径が1未満となる証明.

\vec{x}-A^p\vec{x}=\vec{y}_p とおくと,題意より,\vec{y}_1=(I-A)\vec{x} は正ベクトルだから,任意の0以上の整数kに対してA^k(I-A)\vec{x}も正ベクトルなので,\Bigl(\displaystyle\sum_{k=0}^{p-1} A^k(I-A)\Bigr)\vec{x}=\vec{y}_p も正ベクトルであり,x,,y成分は共にpについて単調非減少である.

ここで,\vec{x}=\vec{y}_p+A^p\vec{x} であるから,\vec{y}_px,,y成分は共に \vec{x}x,,y成分以下である.よって,\vec{y}_px,,y成分は共にpについて単調非減少で有界であるから収束する.

収束先を\vec{y}とすると,A^p\vec{y}_1=A^p(\vec{x}-A\vec{x})\to \vec{y}-\vec{y}=\vec{0} であり,A^p 及び \vec{y}_1 の各成分は非負であることから,A^pp\to\infty で零行列に収束する.よって,A固有値の絶対値は全て1未満である.

あとは,固有値が実数であり相異なる2つとなることを示せば良い.ここに Perron-Frobenius の定理を使う.
絶対値最大の固有値について成分計算を三角不等式で評価して,絶対値の最大性を利用して等号成立条件から、
固有ベクトルの成分の偏角が全て等しいことを導いて、固有ベクトルは正ベクトルとなることが言え、それ故絶対値最大の固有値も正の実数となることを示される.

実2次行列において,1つの固有値が実数ならば、もう1つの固有値が実数となることは明らかである.代数的重複度が1であることを示すのは、面倒な方法しか知らないので、書くのが大変なので、申し訳ないが適当な本を参照して欲しい。

2020.09.29記
Perron-Frobenius の定理の証明は
math-note.xyz
が良いかも.

2020.11.17記
正行列について詳しい本は、30年ほど前だと

ぐらいしかないかなぁ、と思っていたけど、もなかなかいいね。

Aを正行列、\alpha をフロベニウス根、{\bf u}をフロベニウスベクトルとするとき、
B=\dfrac{1}{\alpha}\mbox{diag}({\bf u})^{-1}A\mbox{diag}({\bf u})が正の確率行列になる

ということを利用して正行列の話を確率行列の話に帰着させるのには、「おおっ」となった。

2020.11.18記
産業連関分析。

2つの産業 1,2 がある.
産業 1 の生産物を1単位だけ生産するために必要な産業 1 からの投入額を a
産業 1 の生産物を1単位だけ生産するために必要な産業 2 からの投入額を b
産業 2 の生産物を1単位だけ生産するために必要な産業 1 からの投入額を c
産業 2 の生産物を1単位だけ生産するために必要な産業 2 からの投入額を d
とし,産業 1,2 の最終需要を F_1,F_2 及び,国内生産額を s,t とする.

産業1 産業2 最終需要 国内生産額
産業1  x_{11}=as  x_{12}=bt F_1 s
産業2  x_{21}=cs  x_{22}=dt F_2 t
付加価値 V_1 V_2
国内生産額 s t

このとき
A=\begin{pmatrix} a & b \\ c& d \end{pmatrix} を投入係数行列, \textbf{f}=\begin{pmatrix} F_1 \\ F_2 \end{pmatrix}を最終需要ベクトル,\textbf{s}=\begin{pmatrix} s \\ t \end{pmatrix} を生産ベクトルと呼ぶことにすると、需給のバランスがとれている状態である均衡産出高モデルにおいて
 A\textbf{s}+\textbf{f}=\textbf{s}
という関係が成立する.よって単位行列I とすると
 (I-A)\textbf{s}=\textbf{f}
が成立する.

つまり,本問は、この方程式において両方の産業の最終需要が正となるような国内生産額が存在するときの、投入係数行列の固有値は異なり、ともに -1 より大きく 1 未満となっていることを表している.

ここで (I-A)^{-1}レオンチェフ逆行列と呼び,その成分を逆行列係数と呼ぶ.このとき、
 (I-A)^{-1}\textbf{f}=\textbf{s}
が成立し任意の\textbf{f}について正ベクトル\textbf{s}が存在する条件、つまり (I-A)^{-1} が非負行列となるためには、
 (I-A) の首座行列の行列式が全て正となることが必要十分である
Hawkins-Simon の条件 - 球面倶楽部 零八式 mark II).

2次行列の場合、
 1-a\gt 0 (1-a)(1-d)-bc\gt 0
となる.このとき、1-d\gt 0 も言えるので
f(x)=x^2-(a+d)x+ad-bcについて、
f(1)=(1-a)(1-d)-bc\gt 0
f(-1)=f(1)+2(a+d)\gt 0(∵文字正)
0\lt\dfrac{a+d}{2}\lt 1
が成立し、
f(x)=0 の判別式 (a-d)^2+4bc>0(∵文字正)
だから,f(x)=0-1 より大きく 1 未満の異なる2つの実数解をもつことがわかる.

https://spherical-harmonics.hatenablog.com/entry/2020/11/18/143417
産業連関表の情報幾何学も提案されている
http://www.kurims.kyoto-u.ac.jp/~kyodo/kokyuroku/contents/pdf/1916-06.pdf

2020.11.18記
産業 1 の生産物1単位の価格を p
産業 2 の生産物1単位の価格を q
とする.このとき、
産業 1 の生産物1単位の利潤は ap+cq
産業 2 の生産物1単位の利潤は bp+dq
である.ここで利潤率が均等であると仮定し,それを \gamma\gt 0 とすると
\textsf{p}=\begin{pmatrix} p \\ q \end{pmatrix}
に対して
 \textsf{p}-A^{\top}\textsf{p}=\gamma\textsf{p}
が成立する.よって
\textsf{p}A^{\top}固有値 \dfrac{1}{1+\gamma} に対応する固有ベクトルとなる.

よって、利潤率が均等であるような価格が存在するならば、A^{\top}固有値(A固有値)のなかに、0より大きく1以下の固有値が存在する.

このあたりの、Hawkins-Simon と Frobenius まわりについては、古い本だと

の 「II.非負行列と Frobenius の定理」を読むと良い.

2020.11.20記
https://qiita.com/Amefurase/items/5d0e98e143935020f736
非負行列については
spherical-harmonics.hatenablog.com
にもまとめられている。今は電子書籍で買える。
ただ、この本だと、 Hawkins-Simon あたりの話は 第8章に「Z行列と M 行列」として記述されているが、Hawkins-Simon という名前は登場しない。この本によると、上記の数理経済の話以外にも、回路理論にも関係があるらしいが、回路理論は良く知らない。
この本の参考文献にもあり、ブログ2つ目に記載されている

には、M行列のところに、Hawkins-Simon の条件が述べられている(p.314).

・非対角成分が非負である行列をメッツラー行列という.
感染症数理モデルに登場するコンパートメントモデルに登場する行列はメッツラー行列である.
・メッツラー行列に関する Hawkins-Simon 条件に対応する条件は Hicks の条件と呼ばれ、メッツラー行列で Hicks の条件をみたす行列をヒックス行列(Hicksian)という. 

経済の動的モデルの安定性などで使われるようだが、良くわからない。
力学系一般において \dot{\textsf{x}}=A\textsf{x} の安定性は A固有値の実部で議論される.数理モデルにも興味があれば、古典的であるが

がスタンダード(微分方程式の安定性についてはかなり後のほうだが).

競争均衡の安定性に関する一考察(pdf)
は参考になりそうなので読んでみる。

森嶋行列って初耳 - 球面倶楽部 零八式 mark II

2020.12.11記
産業連関表に関して
www.mext.go.jp
のp.60から解説がある。