[別館]球面倶楽部零八式markIISR

東大入試数学中心。解説なので解答としては不十分。出題年度で並ぶようにしている。大人の解法やうまい解法は極めて主観的に決めている。

1998年(平成10年)東京大学前期-数学(理科)[2]

2024.02.07記

[2] n を正の整数とする.連立不等式
\left\{\begin{array}{l} x+y+z \leqq n \\ -x+y-z \leqq n \\  x-y-z \leqq n \\  -x-y+z \leqq n \end{array}\right.
をみたす xyz 空間の点 \mbox{P}(x,y,z) で,xyz がすべて整数であるものの個数を f(n) とおく.極限 \displaystyle\lim_{n\to\infty}\dfrac{f(n)}{n^3} を求めよ.

本問のテーマ
エルハート多項式(数え上げ関数)(2021.01.21記)


2021.01.08記
(\pm n,\pm n, \pm n) を頂点とする立方体に内接する正四面体の境界または内部の格子点の個数はだいたい、(2n+1)^3 の 1/3 になるので、極限は \dfrac{3}{8} となる。

[解答]
立方体から4つの三角錐を切り落したものが正四面体となる。

N=2n+1 とおくと、切り落す三角錐の格子点の個数は斜面を除いて \displaystyle\sum_{i=1}^{N-1} \dfrac{i(i+1)}{2}=\dfrac{(N-1)N(N+1)}{6} だから、
f(n)=N^3-4\cdot\dfrac{(N-1)N(N+1)}{6} となるので、
\displaystyle\lim_{n\to\infty}\dfrac{f(n)}{n^3}=\displaystyle\lim_{n\to\infty} \dfrac{1}{n^3}\Bigl\{(2n+1)^3-4\cdot\dfrac{2n(2n+1)(2n+2)}{6}\Bigr\}=\dfrac{8}{3}

なお、z=k の断面を考えると、(-k,n),(-n,k),(k,-n),(n,-k) からなる長方形の周または内部の格子点の個数となるが、これはピックの公式から求めることができる.

面積 S=2(n^2-k^2),周上の格子点の数 B=4n、内部の格子点の数 I について S=I+\dfrac{B}{2}-1 だから、
I+B=S+\dfrac{B}{2}+1=2n^2+2n+1-2k^2
となる.

2021.01.21記
エルハート多項式(数え上げ関数).


の p.99 にある
(5.6)系 空間の格子凸多面体 {\cal P} の数え上げ函数 i({\cal P},n)n^3 の係数は,{\cal P} の体積に一致する(本問にあわせて,Nn に変更)
そのものである.
[大人の解答]
連立不等式 x+y+z\leqq 1-x+y-z\leqq 1x-y-z\leqq 1-x-y+z\leqq 1 をみたす領域を {\cal P} とし,{\cal P} を原点中心に n 倍拡大したものを {\cal Q}とすると,{\cal Q} の境界または内部の格子点の個数が f(n) であり,これは四面体(凸多面体){\cal P} のエルハート多項式 i({\cal P},n) である.つまり f(n)=i({\cal P},n) である.

単位立方体で全ての頂点が格子点であるものを,単位格子立方体と呼ぶことにする.

{\cal Q} に含まれる単位格子立方体の個数を b(n){\cal Q} と共有点をもつ単位格子立方体の個数を a(n) とすると,
b(n)\leqq f(n) \leqq a(n)
が成立する.

この状況を原点中心に \dfrac{1}{n} 倍にすると,{\cal P} に含まれる一辺\dfrac{1}{n} の立方体の個数が b(n){\cal P} と共有点をもつ一辺 \dfrac{1}{n} の立方体の個数が a(n) となるので,{\cal P} の体積を V=\dfrac{8}{3} とすると
\dfrac{b(n)}{n^3}\leqq V \leqq \dfrac{a(n)}{n^3}
が成立する.これは区分求積法における体積の内側と外側の評価の式であるから,
\displaystyle\lim_{n\to\infty}\dfrac{b(n)}{n^3}=\lim_{n\to\infty}\dfrac{a(n)}{n^3}=V
となり,よって,はさみうちの原理により
\displaystyle\lim_{n\to\infty}\dfrac{f(n)}{n^3}=V=\dfrac{8}{3}

区分求積法の部分は直感的に記述したが,本問の場合,単位立方体の対角線の長さが \sqrt{3} であることと,四面体の4面の法線ベクトルがいずれも立方体の対角線方向であることから,{\cal Q} の境界と共有点をもつ単位格子立方体は,十分大きな n に対して
n-\sqrt{3}\leqq x+y+z\leqq n+\sqrt{3}n-\sqrt{3}\leqq -x+y-z\leqq n+\sqrt{3}n-\sqrt{3}\leqq x-y-z\leqq n+\sqrt{3}n-\sqrt{3}\leqq -x-y+z\leqq n+\sqrt{3}
をみたす領域に含まれることから,
 (n- \sqrt{3})^3 V\leqq b(n)\leqq f(n)\leqq a(n)\leqq (n+\sqrt{3})^3 V
と評価できるので,十分大きな n に対して
\dfrac{8}{3}\Bigl(1-\dfrac{\sqrt{3}}{n}\Bigr)^3\leqq \dfrac{f(n)}{n^3} \leqq \dfrac{8}{3}\Bigl(1+\dfrac{\sqrt{3}}{n}\Bigr)^3
が成立することから,題意の極限を求めることができる.

一般に,格子凸多面体のエルハート多項式は,n^3 の係数が体積,定数項が1となることが知られている.また,より発展的な話題として,{\cal P} は原点を含み,境界の平面が全て ax+by+cz=1a,b,cは整数)とかける凸多面体なので,反射的凸多面体と呼ばれ,反射的凸多面体のエルハート多項式は,その多面体の体積 V を用いて
Vn^3+\dfrac{3}{2}Vn^2+\Bigl(2+\dfrac{V}{2}\Bigr)n+1
となることが知られている(日比,多角形と多面体,p.225).

本問の場合, V=\dfrac{8}{3} だから,
f(n)=i({\cal P},n)=\dfrac{8}{3}+4n^2+\dfrac{10}{3}n+1
となり,確かに成立していることがわかる.

また,{\cal Q} の内部にある格子点の数 g(n)=i^{\ast}({\cal P},n) は,相互法則(日比,多角形と多面体,p.98)から g(n)=-f(-n) であり,よって境界にある格子点は
f(n)-g(n)=f(n)+f(-n)=8n^2+2 であることがわかる.

なお,多角形に対して同様に考える.多角形 {\cal P} の面積を S とすると,エルハート多項式は2次式で2次の係数は S で定数項が1であることが知られており(n^2 の係数が S となることは,区分求積法で考えれば良い),
i({\cal P},n)=Sn^2+an+1
とかける.

{\cal P} を原点中心に n 倍拡大した多角形 {\cal Q}=n{\cal P} の周の格子点数を B(n),内部の格子点数を I(n) とすると,
i^{\ast}({\cal P},n)=I(n)i({\cal P},n)=I(n)+B(n)
であり,相互法則から i^{\ast}({\cal P},n)=i({\cal P},-n) だから,
Sn^2-an+1=I(n),Sn^2+an+1=I(n)+B(n)
が成立する.よって a=\dfrac{B(n)}{2} となり,
Sn^2=I(n)+\dfrac{B(n)}{2}-1 とかけることがわかる.ここで n=1 の場合がピックの公式である.

なお,エルハート多項式の定数項が1となる直感的な理由はまだ知らない.

日比,多角形と多面体では,基本三角形のエルハート多項式\dfrac{1}{2}(n^2+3n+2) であることを示した後,{\cal P} を基本三角形に分割たときのエルハート多項式の和から重複した格子点の数を,オイラー多面体の定理を利用して求めることによって b=1 を導いている.この流れはピックの公式の証明法の1つでもある.


2021.01.24記
日比,多角形と多面体でも述べられている3次元版ピックの公式については,
才野瀬一郎,3次元版ピックの公式について,数研通信95号(2019年10月)[pdf]
参照のこと.