[別館]球面倶楽部零八式markIISR

東大入試数学中心。解説なので解答としては不十分。出題年度で並ぶようにしている。大人の解法やうまい解法は極めて主観的に決めている。

2021年(令和3年)青山学院大学経済学部B方式-数学[4]

[4]

ある都市における感染症の流行の推移を,3つの数列の漸化式で表した.漸化式は n=1,2,3……で成り立つものとする.

\left\{\begin{array}{ll}S_{n+1} = S_n -\beta S_nI_n & \cdots\cdots① \\ I_{n+1} = I_n +\beta S_nI_n -\gamma I_n & \cdots\cdots② \\ R_{n+1} = R_n +\gamma I_n & \cdots\cdots③ \end{array} \right.

ここで S_n,I_n,R_n は,それぞれ第 n 週における未感染者数,感染者数,回復者数を表す.\beta および \gamma はそれぞれ感染率,回復率を示し,0\lt\beta\lt 1,0\lt\gamma\lt 1 とする.また S_1 = N \gt 0I_1 = M \gt 0 R_1= 0 \beta I_n \lt 1 とする.\dfrac{\beta N}{\gamma} を基本再生産数,\dfrac{\beta S_n}{\gamma} を第 n 週の実効再生産数と呼ぶ.このとき次の問いに答えよ.

(1)  S_n+I_n+ R_n を求めよ.

(2) \dfrac{\beta N}{\gamma} \gt 1 を仮定して,I_n のグラフ(n 横軸,I_n が縦軸)をかけ.さらにその特徴を記述せよ.

(3) (2)の理由を「基本再生産数」と「実効再生産数」の用語を使って説明せよ.ただし公比の絶対値が 1 未満の等比数列\{a_n\} は,n が限りなく大きくなるとき a_n0 に限りなく近づくという性質は使ってもよい.

(4) \dfrac{\beta N}{\gamma} \lt 1 となるためにはどうすればよいか.「感染率」,「回復率」の用語を使って,例を挙げて具体的に説明せよ.

離散型 Kermack-McKendrick SIR(Susceptible-Infectious-recovered)モデル(2021.02.21).
ランベルトのW関数(2021.02.22).

2021.02.21記(2021.02.22前置きを加筆)
離散型 Kermack-McKendrick SIR(Susceptible-Infectious-recovered)モデル.

高校数学で理解する感染症の数理(pdf)  を読むと良い.

本問はどこまで丁寧に解答して良いかは謎.

(2021.02.22追記)
SIRモデルでは、

感受性者(感染可能性がある非感染者)S_n
感染者(感染力をもつ感染者)I_n
回復者(免疫を保持しいる等で感染のおそれがない者)R_n

となっており,このモデルでは
・出生,死亡,転出,転入はないことが仮定
((1)で合計人数が変化しない
注) 死亡者を回復者に含める場合もある)
・回復者は再感染しないことが仮定
((2)で回復者は単調増加する)
・感染者は一定の割合で回復することが仮定
(感染者が多くても医療が逼迫しないことが仮定)
・新たな感染者数は感受性者に比例し,感染者に比例する,つまり接触回数は感受性者に比例し,感染者に比例し,その一定の割合で感染することが仮定
(個人毎の接触回数の違いや,個々の接触の度合いの違いは考えない)
・潜伏期間はなく即時に感染力をもつ
というモデルである.

回復者が再感染しないことから
・回復者は感染者がいる限り単調増加する
・回復者が感受性者になることはないので感受性者は感染者がいる限り単調減少する
ことがわかる.そして十分時間が経つと感染者が0になることを示すのが(2)である.

[解答]

(1) ①+②+③ により,S_n+I_n+R_n は一定となるので,
S_n+I_n+R_n=N+M

(2) まず,S_n,I_n,R_n\geqq 0 のときに S_{n+1},I_{n+1},R_{n+1}\geqq 0 を示す.

S_{n+1}=(1-\beta I_n) S_n \geqq 0(∵\beta I_n\lt 1)
I_{n+1}=(1-\gamma)I_n+\beta S_nI_n\geqq 0(∵0\lt\beta,\gamma\lt 1)
R_{n+1}=R_n+\gamma I_n\geqq 0(∵\gamma\gt 0)

より成立する.また \beta I_n\geqq 0 より
S_{n+1}=(1-\beta I_n) S_n \leqq S_n
(等号成立は I_n=0
となり S_n は感染者がいる限り単調減少する.

次に I_{n+1}=(1+\beta S_n - \gamma)I_n であるから,
1+\beta S_n - \gamma \gt 1,つまり \dfrac{\beta S_n}{\gamma} \gt 1 のときに I_{n+1}\gt I_n となる.今, \dfrac{\beta N}{\gamma} \gt 1 により I_2\gt I_1 となる.そして S_n は感染者がいる限り単調減少するので, \dfrac{\beta S_n}{\gamma} は感染者がいる限り単調減少することからI_n の増加率は単調に減少する,つまり,I_n は最初は増加するが,やがて減少していき,最終的に0に近づいていくような単峰のグラフになる.

[別解](途中から)

S_n は感染者がいる限り単調減少する.

また, I_n\geqq 0 より R_n は感染者がいる限り単調増加する.よってI_n=M+N-S_n-R_n により,R_n の増加量 \gamma I_nS_n の減少量 \beta I_n S_n を比較して \gamma I_n \lt \beta I_n S_n,つまり\dfrac{\beta S_n}{\gamma}\gt 1 ならば I_n は増加する.また同様に,\dfrac{\beta S_n}{\gamma}\lt 1 ならば I_n は減少する.ここで \dfrac{\beta S_1}{\gamma}=\dfrac{\beta N}{\gamma}\gt 1 より,I_n は最初は増加し, S_n は感染者がいる限り単調減少することから,やがて \dfrac{\beta S_n}{\gamma}\lt 1 となり,I_n は減少する.

ここで I_{n+1}-I_{n}=\gamma \Bigl(\dfrac{\beta S_n}{\gamma} -1\Bigr) I_n であるから,I_n の差分は最初は正であるが,ある時点を境に負に転じ,それ以降は感染者がいる限り負のままであることがわかる.つまり,I_n は最初は単調に増加し,ある時点を境に単調に減少することがわかり,単峰のグラフになることがわかる.

注) I_n\to 0 であるが,S_n\to 0 とは限らない.S_n は単調減少であるが,感染者が0になった時点で,これ以上 S_n は減らなくなる.この値 S_{\infty} を感受性者の最終規模といい,連続型の場合は \dfrac{e^{\frac{\beta S_{\infty}}{\gamma}}}{S_{\infty}}
=\dfrac{e^{\frac{\beta(N+M)}{\gamma}}}{N} をみたすことが知られている(後述).ここで,この方程式をみたす S_{\infty}\lt \dfrac{\gamma}{\beta} は唯一であることが計算により確認できる.

(グラフは略)

(3) 実効再生産数は感染者数の増加率であり, 基本再生産数は初期条件での感染者数の増加率である.基本再生産数は1よりも大きいため感染者数は最初増加するが,実効再生産数は減少関数のため,感染者数の増加率は減少し,やがて1を下回る.実効再生産数が1を下回った後は感染者数が単調に減少するが,減少の度合いは公比が正で1未満の等比数列よりも大きく,公比が正で1未満の等比数列n を限りなく大きくするときに 0に限りなく近付くことから,それよりも速く感染者数は 0 に限りなく近づくことがわかる.

(3)は(2)を数式なしで説明しているだけだなぁ.もしかして(2)はもう少し真面目に I_n を解かないといけない?

(4) 未感染者数 N を小さく,感染率 \beta を小さく,回復率 \gamma を大きくすれば良い.

未感染者数は定数であるから,それを小さくすることは不可能であるように思えるが,未感染者数とは感染するかも知れない人数のことであるから,感染しない人が増えれば実質的に未感染者数は小さくなっているとみなすことができる.つまり未感染者数(感染可能性のある未感染者数)を小さくするためにはワクチンを開発して接種することによって免疫保持者を増やす必要がある.

感染率を小さくするためには,外出や会食を控えたり学校を休校にしたりリモートワークを推進することによって人と人との接触機会を減らしたり,マスク装着や手洗いやソーシャルディスタンスを保つことによる感染症対策を行うことが必要である.また,PCR検査によって感染者を早期発見して隔離して感染者が人との接触をしないように隔離することも必要である.

回復率を大きくするためには,治療薬を開発することが必要であり,またPCR検査によって治療すべき感染者を早期発見することが必要である.

以上のことから,ワクチンの開発,接触機会の逓減,感染症対策の衛生の徹底,PCR検査の拡充,治療薬の開発を行えば良い.

実際は,\beta,\gamma は定数ではなく n に依存するため,そのうち感染者数は減少するという見通しは甘いことがわかる.

\beta,\gamma は定数とはならないことは,これは緊急事態宣言の発出や解除により心理的接触機会や感染症対策を増減したり,PCR検査の拡充が進むことからもわかるだろう.

もちろん,SIRモデルはあくまでもモデルであり,現状にきちんとあてはまっている数理モデルであるかどうかはわからないので,SIR モデルによる未来予測が100%正しい訳ではないが,このモデルは定性的には妥当なモデルと考えた場合,このモデルに基づくと,接触機会を増やしたり感染症対策を疎かにしたり PCR 検査数を減らしたりすると,実効再生産数が1をはるかに超えて大きくなる可能性があり,感染爆発が起こる可能性を示唆している.

正解がわからない以上、悲観的に考えて SIR モデルの結果を信じると,ワクチンの開発,接触機会の逓減,感染症対策の衛生の徹底,PCR検査の拡充,治療薬の開発を行えば良く,個人にできることは接触機会の逓減,感染症対策の衛生の徹底,PCR検査の受診である.PCR検査の受診が気軽にできるように,安価でPCR検査が受診できること,及び受診できる場所を増やすことが必要である.

連続型 Kermack-McKendrick SIR(Susceptible-Infectious-recovered)モデルについては,例えば

参照のこと.

2021.02.22記
連続型だと,
\left\{\begin{array}{ll}\dfrac{dS(t)}{dt}= -\beta S(t)I(t) & \cdots\cdots① \\ \dfrac{dI(t)}{dt}=\beta S(t)I(t) -\gamma I(t) & \cdots\cdots② \\ \dfrac{dR(t)}{dt}=\gamma I(t) & \cdots\cdots③ \end{array} \right.
となる.

① ,③から
\dfrac{dR(t)}{dt}=\gamma I(t)=-\dfrac{\gamma}{\beta}\dfrac{1}{S(t)}\cdot \dfrac{dS(t)}{dt}
だから,
R(t)-R(0)=-\dfrac{\gamma}{\beta}\log\dfrac{S(t)}{S(0)}
つまり
R(t)=-\dfrac{\gamma}{\beta}\log\dfrac{S(t)}{N}
となる.ここで
S(t)+I(t)+R(t)=N+M
であるから,
N+M-S(t)-I(t)=-\dfrac{\gamma}{\beta}\log\dfrac{S(t)}{N}
となる.離散の場合と同じように t\to\inftyI(t)\to 0 だから,
N+M-S_{\infty}=-\dfrac{\gamma}{\beta}\log\dfrac{S_{\infty}}{N}
となり,これを変形すると
\dfrac{e^{\frac{\beta S_{\infty}}{\gamma}}}{S_{\infty}}=\dfrac{e^{\frac{\beta(N+M)}{\gamma}}}{N} が得られる.

f(x):=\dfrac{e^{\frac{\beta x}{\gamma}}}{x} とすると f'(x)=\dfrac{\Bigl(\dfrac{\beta}{\gamma}x-1\Bigr)e^{\frac{\beta x}{\gamma}}}{x^2} より増減表は次表となる.

x (0) \dfrac{\gamma}{\beta} +\infty
f'(x) - 0 +
f(x) +\infty \searrow \dfrac{\beta e}{\gamma} \nearrow +\infty

\dfrac{e^{\frac{\beta(N+M)}{\gamma}}}{N}\gt \dfrac{e^{\frac{\beta(N+M)}{\gamma}}}{N+M}=f(N+M)\ge f\Bigl(\dfrac{\gamma}{\beta}\Bigr) だから, 0\lt x\lt \dfrac{\gamma}{\beta}f(x)=\dfrac{e^{\frac{\beta(N+M)}{\gamma}}}{N} をみたす x が唯一存在する.これが S_{\infty} である.

この解を表現するには, ランベルトの W 関数 を用いれば良い.

\dfrac{e^{\frac{\beta S_{\infty}}{\gamma}}}{S_{\infty}}=\dfrac{e^{\frac{\beta(N+M)}{\gamma}}}{N}-\dfrac{\beta S_{\infty}}{\gamma}  e^{-\frac{\beta S_{\infty}}{\gamma}} = -\dfrac{\beta N}{\gamma}e^{-\frac{\beta(N+M)}{\gamma}} と変形できるので,ランベルトの W 関数を用いて S_{\infty}=-\dfrac{\gamma}{\beta}W\Bigl(-\dfrac{\beta N}{\gamma}e^{-\frac{\beta(N+M)}{\gamma}}\Bigr) と表すことができる.この範囲では,W は二価関数となるが,分枝の値,つまり二つの値のうちの小さい方(負の方)をとる.


ちなみに,ランベルトの W 関数は,{{z^z}^z}^{\cdots}極限値\dfrac{W(-\log z)}{-\log z} となるという話でも登場する.